『大石神社』 猪子石の町名の由縁を訪ねるVol 1

名古屋市名東区

 当時小さな子供がひとりで冒険出来たのは平和公園が東端
 
この辺りは未知の世界だった

昔は我が家の田んぼがあり、家族総出で連れ出され稲刈りをした

 戦力外の幼い私は畦道に放り出され、母親に蛇を投げられ恐怖に脅えた記憶が残っています
 (私の蛇嫌いはそこから始まったかも)

旧猪小石村、この周辺は田畑が広がり、蝮だろうが猪だろうが狸や狐なんでもありのまさしく田舎

 明治生まれの祖祖母はこの辺りで生を受け、実家を「藤森の・・・」と言っていたことを思い出す

合併を繰り返し、現在は名東区山の手、住宅が広がる地域に変貌した
今回は猪子石の町名の由来を訪れる事にしました
猪子石西原交差点を南へ、香流川を渡り下坪を経て京命交差点の二股を左に曲がった東側
 猪子石公園の西側に小高く盛られた一画に『大石神社』はあります

鎮守の杜や鳥居がある訳でもないので石垣と教育委員会の案内板が目印
 石垣の階段を登り始めようやく社号標が見えてきます
左は境内から大石神社正面
 右は大石神社から東を見て猪子石公園を背景に一枚
玉垣の中にしめ縄で囲まれた赤茶けた石
 堆積した砂や小石が固まって出来た礫岩

この辺りは亜炭(石炭のなりそこない)は身近にあったが礫岩(堆積物が固くなった石)の印象はあまりない
 ここまで香流川の影響または活発な地質の活動があったとは思えないが?

 ​長福寺​の祟り石が旧猪小石村から移されて祀られたように、近くから移され祀られたものではなかろうか?
 ここから近い神明社資料館に行くと何かヒントがあるのかも知れないが・・・・・考えるのはやめよう

猪に似た石から、いのこいし(いのこし)の地名となった由来のひとつです
 猪に似た?この石は表面の小石を子供と見立て「子持石」と呼ばれる
石を撫でる事で安産に御利益があると云われます

 猪は古来から神と同一視され、神の化身とされる神聖な動物とされて
この石を猪と見立て崇拝したのも頷けるか
 こちらの子持石は猪の「牝石」

「牝」がいるという事は「牡石」も当然います
 「牡石」は「触れると祟る」怖い石とされます
こちらは別途挙げましょう
境内の西側には御嶽神社と彫られた碑がある
 周辺に祀られていたものをここに纏めたのではないかと思われます
現在この地に講(同じものを崇拝し、聖地巡礼するサークル的な)が残っているのかは不明ですが
1925年(大正14)講中と記されている
境内には教育委員会の解説板が設けられています
 新年を前に境内の南天の赤が彩を添えています

2017/12/29

大石神社
祭神 / 天宇受売命
創建 / 不明
住所 / 名古屋市名東区山の手1-707
アクセス / ​基幹バス2 (栄⇒四軒家) 猪子石西原下車、南へ徒歩15分程


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