長野県小布施町『皇大神社』
小布施の中央を南北に伸びる国道403号線、中町から国道沿いに北に歩くと左側
に杜が見えて来ます
に杜が見えて来ます
周囲を玉垣に囲まれた東西に長い皇大神社、その外周を一回り
手前は県道343号線
手前は県道343号線
神社北側の小路からの眺め、境内には複数の社を見る事ができます
県道側からも境内に入る事が出来ますが、国道403号線側の鳥居から境内に入ります
趣のある常夜灯と一の鳥居、二の鳥居、その先に杜が続きます
趣のある常夜灯と一の鳥居、二の鳥居、その先に杜が続きます
苔生した屋根の常夜灯は文政(1813~1830年)時代のもの
一の鳥居の先、右側に手水鉢と左に1886~1887年にかけ掘削された井戸
参道右の金刀比羅神社
控柱を持った木製の鳥居と扁額
控柱を持った木製の鳥居と扁額
金刀比羅神社拝殿と拝殿扁額
木造瓦葺の小振りな拝殿で創建は不明
木造瓦葺の小振りな拝殿で創建は不明
拝殿内で天狗がこちらを睨んでいます
左に百度石があります、ここ小布施にはこちらと浄光寺の二か所で見る事ができます
1921年に寄進されたもの、そろばんの様な珠で数えていきます
金比羅神社
創建 / 不明
祭神 / 大物主神
左に百度石があります、ここ小布施にはこちらと浄光寺の二か所で見る事ができます
1921年に寄進されたもの、そろばんの様な珠で数えていきます
金比羅神社
創建 / 不明
祭神 / 大物主神
金刀比羅神社の左に鎮座する社、天満神社なのかナ?絵馬には梅の紋が
不明な社創建 / 不明
祭神 / 不明
不明な社創建 / 不明
祭神 / 不明
境内のほぼ中央に廻り縁を持つ建物があります
神楽殿かナ? (以下神楽殿としておきます)
神楽殿かナ? (以下神楽殿としておきます)
神楽殿の左は両皇太神宮
伊勢神宮の分社(出張所的な)を各地に皇大神社として作られていきます
現在と違い道路、交通網が整備されていない当時、遠く離れた地方から伊勢参拝はハードルが高い
要所の近隣から両皇太神宮に訪れた参詣者にお札を授けていました
身近にお札が頂ける有難い出張所の存在だったのかも知れません
両皇太神宮創建 / 不明
祭神 / 天照皇大神、豊受大御神
伊勢神宮の分社(出張所的な)を各地に皇大神社として作られていきます
現在と違い道路、交通網が整備されていない当時、遠く離れた地方から伊勢参拝はハードルが高い
要所の近隣から両皇太神宮に訪れた参詣者にお札を授けていました
身近にお札が頂ける有難い出張所の存在だったのかも知れません
両皇太神宮創建 / 不明
祭神 / 天照皇大神、豊受大御神
八坂社・秋葉社、神馬が祀られた神馬殿の全景
下段左は寛永時代(1624~1645年)に皇大神社へ奉納された神馬が祀られています下段右は八坂神社拝殿内
八坂社・秋葉社創建 / 不明
八坂社祭神 / 不明
秋葉社 / 火之迦具土命
下段左は寛永時代(1624~1645年)に皇大神社へ奉納された神馬が祀られています下段右は八坂神社拝殿内
八坂社・秋葉社創建 / 不明
八坂社祭神 / 不明
秋葉社 / 火之迦具土命
皇大神社全景
伊勢神宮の正宮のひとつ皇大神社の分社(出張所的な)
皇太神宮創建 / 不明
祭神 / 天照皇大神
伊勢神宮の正宮のひとつ皇大神社の分社(出張所的な)
皇太神宮創建 / 不明
祭神 / 天照皇大神
皇大神社西側からの拝殿から本殿の側面全景
広い境内に大きな欅の木が点在し杜を形作っています
広い境内に大きな欅の木が点在し杜を形作っています
境内の西側の小布施出身の戦没者と開拓に伴って亡くなられた方々を祀る桜花殿
右の桜花殿の先は県道343号線に接しています
訪れた時は鳥居が復旧工事中で立ち入り禁止、桜花殿脇にその残骸が置かれていました
台風で被災したものでしょうか
小布施の古い街中、風通しの良い境内と欅の森に包まれ複数の神社が鎮座する皇大神社です
皇大神社
住所 / 長野県上高井郡小布施町小布施
訪れた時は鳥居が復旧工事中で立ち入り禁止、桜花殿脇にその残骸が置かれていました
台風で被災したものでしょうか
小布施の古い街中、風通しの良い境内と欅の森に包まれ複数の神社が鎮座する皇大神社です
皇大神社
住所 / 長野県上高井郡小布施町小布施
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