『法泉寺』 名古屋市南区呼続2

名古屋市南区呼続2
 
 ​地蔵院​から、東海道の名残が残る道筋を北に進み​熊野三社​から更に北へ
道は緩やかに山崎川に向かって緩やかに下る「山崎の坂」です
山崎の坂の途中の右側に「曹洞宗 竜雲山 法泉寺」の白い立て看板と、宿駅制定400周年記念で建てられた東海道の道標があります
その先は車一台がやっと通れるくらいの細い道が伸び、先で直角に右に曲がっているようです
ここが「法泉寺」への入口
正面左に秋葉社の玉垣が見えますが、今回は法泉寺の仏像拝観が目的なのでこちらは次回記載とします
入口から法泉寺に向かうと正面に句碑が建てられています

 この句碑が法泉寺と所縁があるのかは分かりませんが、碑の左側に刻まれた元号は寛政五(1793)と見えます、随分と古い元号ですが白泉?・・・・・良くわからない
奥に見えているのが先程の秋葉社です
道はそこから直角に右へ曲がり法泉寺境内に向かう上り坂となります
傾斜地に石垣を積み、その上に境内が作られているようです
坂の途中に南を向いて山門が立ち、正面に本堂、その右が庫裏の伽藍
 瓦葺きの山門の左には地蔵堂
土壁の白や真新しい瓦を見る限り近年に建替えられた様です
地蔵堂には二体のお地蔵様が祀られています
赤い前掛けを付けてもらい、山門から訪れる人々を見守っているようです
正面から地蔵が彫られた年代を知る事は出来ませんでした
山門扁額「龍雲山」
 東海四十九薬師霊場第三十一番札所の表札が右手に掲げられている
三重、愛知、岐阜、静岡に跨る薬師如来を巡礼するものですが、満願にはとても程遠い
いつか纏めたいものです
瓦葺き寄棟の法泉寺本堂全景、正面には見事な枝振りの楠が聳えています
境内から西を眺めると、街並みは眼下に広がり、ここが如何に高台であるか分かると思います

今ではとても海を望めませんが、海岸線が近かった頃には熱田から東を眺めた時、この地域の高台がまるで海に浮かぶ巨大な松の島に見えたことから松巨嶋と呼ばれたそうです
本堂扁額
本堂を拝まさせて頂こうと向かう、留守?
引き戸が開くものか確認してはいないけれど、これ以上は控えました
こちらの本尊の薬師如来、日光菩薩、月光菩薩は弘法大師作と言われ、是非ともお目に掛りたかった
楽しみに訪れたものの、時には諦めも必要、またの機会とします

法泉寺はその昔、尾張国愛知郡井戸田に薬師寺という寺があった、 弘法大師の巡錫を期に真言道場として栄えたと云われます
 一時は荒廃するものの、1642年(寛永19)二代壽公和尚が当地に再興、後の寛政年間に曹洞宗へ改宗、龍雲山法泉寺と改められたと云われます
ここから南の薬師通りの名の由来は、法泉寺の薬師詣りの名残りとも言われるようです
こうして訪れると、外観から受ける印象とはかけ離れた古刹である事が分かります
本堂右に以前の鬼瓦が飾られていました、手水鉢の前には愚痴聞き地蔵でしょうか?
小さな像ですが細めた眼で聞き耳を立て、なんとも穏やかなその表情は妙に癒される
ついつい目が三角になりがち、こうありたいものです
東海道を下に見る高台に佇み、豊かな緑に包まれた境内
小さな石仏の表情が心を癒してくれる法泉寺です

建立 / 1642年(寛永19)
宗派 / 曹洞宗
山号 / 龍雲山
寺号 / 法泉寺
本尊 / 薬師如来
住所 / 名古屋市南区呼続2-1-21
アクセス / ​名鉄名古屋本線「呼続」下車 南へ徒歩5分程

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